特別講演

運動療法時のリスク管理の要点

~適切な運動処方によりアクシデントを防ぐ~

講 師:高橋哲也 氏

(順天堂大学保健医療学部)

 平成18年度診療報酬改定により「理学療法料」は廃止され、脳血管疾患等リハビリテーション、運動器リハビリテーション、呼吸器リハビリテーション及び心大血管疾患リハビリテーションの4つの疾患別の評価体系となった。それから、僅か10年で、「理学療法料」を経験していない理学療法士の数の方が多くなった。医学部がナンバー講座から臓器別講座に変化したように、理学療法も認定理学療法士や専門理学療法士にもみられるように臓器別、疾患別の専門性を求められるようになった。

 わが国は世界で唯一の超高齢社会であり、2019年9月15日現在、65歳以上の高齢者は3,588万人で、高齢化率は28.4%と過去最高を更新している。人口の高齢化に伴い、理学療法対象者の高齢化も進んでおり、主病名が付いたとしても複数の疾患を有し、重複した障害を有する患者を担当することも日常茶飯事である。転倒による左大腿骨頸部骨折で入院した82歳女性が、「高血圧」、「心房細動」、「慢性腎臓病」、「貧血」、「骨粗鬆症」、「脳梗塞後遺症」など重複した疾患や障害を持つことは珍しくない。そのような疾病構造や障害構造が変化する中で、この82歳の頸部骨折の女性に「認定理学療法士(運動器)の私に任せなさい(他の疾患や障害のことはわからないけど)」というのは違和感を抱かないというのは無理がある。「理学療法料」が廃止されてから、身体全体をシステムとしてとらえることが疎かになっていることは否めない。ひとを診る理学療法から、疾患を診る理学療法へ後退した、といっても過言ではないかもしれない。

 また、「高齢者だから、心臓病の持病があるから、低い負荷でそれなりに(心負荷がかかるから)、無理せずに(高齢者だから)」という、客観性も持たない何となくの対応は、理学療法士の質的にさらに拍車をかける。

 1. 血圧の変化を過剰に心配し過ぎて、20分間(1単位)の中で何度も血圧を測る

 2. 血圧が高いとすぐ「今日のリハビリはやめておきましょう」と言ってしまう

 3. 心房細動を気にしすぎる(薬物療法が十分行われているのに)

 4. なぜ頻脈は問題なのかわからないまま、脈が速くなることを異常に気にする

 5. 無理しないでおきましょうと根拠なく言う

    などなどなど。

 理学療法とは、運動という身体的ストレスを患者に負荷する治療法である。誤ったリスク管理では運動強度を上げられず効果的な運動療法にはなりえない。

 リスクと効果、doseとresponse。理学療法士は常にObserve(観察、みる)、Orient(状況判断、方向づけ、わかる)、Decide(意思決定、きめる)、Act(行動、うごく)のOODAループを回しながら、適切な運動療法を行うことが重要である。